ムカムカする・・・・・・ 視界に入るのは陽気に手を上げる仁王君の姿で、耳に入るのは黄色い声援。 その中には露骨にいやらしい視線を投げつけてくる輩もいる。 「仁王君、プレイに差し支えます。あまり派手なパフォーマンスは控えたまえ。」 「そんなけちくさいこと言っとったらせっかくの詐欺師の異名が泣くわ。」 仁王君はニヤッと笑った。そのニヒルな笑いに反応するように、また一段と黄色い声援が大きくなった。 ムカムカする・・・・・・そのうちアナタが誰かのものになってしまうのではないかと思うと、 貴方が誰かを自分のものにするかと思うと。 誰かが貴方のその腕に抱かれて、その唇でキスされるのかと思うと胸が痛んで頭がずきずきしてくる。 「柳生。顔色悪いぞ?どうかしたのか?」 「すみません・・・気分が悪いようなので・・・・保健室ついてきてもらってもいいですか?」 「え・・・大丈夫か?ほら、負ぶってやるから!」 かっこつけてる割に優しすぎる貴方は、私から見ればまったく詐欺師なんかになりきれていない。貴方は詐欺師などと呼ばれ、私は紳士などと呼ばれるが本当は私のほうがよっぽど詐欺師だ。そして貴方のほうがよっぽど紳士。 だけどどうしようもないんです。 こうして紳士な仮面をかぶって少し弱弱しく頼ってみれば、貴方は黄色い声援から遠ざかり私だけのものとなってくれるんです。 「どうした?苦しいのか?」 私が彼の首にギュッと抱きつくと仁王君はすごく心配そうに声をかけてくれる。私は嬉しくてなおきつくその背中にすがる。そうすると仁王君は少し小走りで保健室に向かってくれるんです。すまんのぉ、少し走るから苦しくなったら言って、と私に声をかけて。 そんなに急がないで、この時間が私と貴方の唯一の時間なのだから。 切原君がそういう目で彼のことを見ていたのは随分と前から知っていた。 彼が華麗にスマッシュをきめるだびに切原君は彼をいとおしそうに眺め、彼が一人で帰るときには、いつも連れ立って帰るジャッカル君を置き去りにして、彼にノコノコと着いていく。傍から見ても切原君が彼に好意を持ってることは丸わかりだった。でもそれは一人の先輩を慕う一人の後輩としてとても真っ当な行為だったので、誰もそれが恋愛感情だなんて気づいてはいなかった。当の仁王君でさえも。 唯一気がついていたのは、たぶん私だけでしょう。表現の方法は違っても、瞳の奥に煮える感情には私と同じものがあると直感した。 その瞳の炎に気がついてからは、私は始終きがきではありませんでした。いつ、切原君が仁王君を誘惑にかかるか。いつ、仁王君の心を手に入れるのか。いつ、ブチキれて彼の体に八つ当たりするのか。いつ、仁王君の心を汚すのか。 仁王君は、何も気がついていない。 私にとって、切原君は仁王君のすべてを奪い去ってしまうように感じた。それだけ、彼にはカリスマ性があったし、テニスの天性も持ち合わせていたから、私には切原君が適うことのない壁のように感じた。 私は、そんな境遇に耐えられず、切原君を呼び出した。 「君は仁王君のことが好きなのですか?」 「アンタには関係ないでしょ?」 仁王や真田の前では尻尾を振る一匹の犬のような口調も、柳生ただ一人の前では敬語も何もあったもんじゃない。 「いい加減彼にまとわりつくのはやめたほうがいいと思うのだが。」 「言いたいことはそれだけ?」 赤也はそれじゃと手を上げて立ち去ろうとした。 「待ちたまえ。君にいい話がある。」 赤也はピタと立ち止まった。そして振り返らずに柳生に聞く。 「それって雅治先輩のこと?」 「そうだ、」 柳生はあらかじめポケットに入れておいた一枚の写真を裏返しにして赤也に差し出した。赤也はそれを受け取ろうと手を伸ばす。 柳生はそれを遮って赤也に聞いた。 「君は私と仁王君のダブルス見たことあるかい?」 いいえ、と赤也は首を振った。 「ダブルスなんか見ても勉強にならないっす。雅治先輩のシングルスなら見たことありますけど。」 写真を差し出す。赤也はそれを受け取って表替えした。 絶句する。 「な・・・?」 「どちらが仁王君か?」 写真に写っているのは二人の仁王。 「これは昨年のうちのクラスの文化祭の写真だ。どちらか一方は彼で一方は私。」 柳生は眼鏡をはずした。 「ほら、」 赤也はますます目を丸くする。 目の前には仁王雅治のニヒルな笑みがあった。 「え・・・あれ・・・雅治先輩ッスカ?」 「だから私は柳生だ。」 「嘘ですよね?」 「仁王君ならむこうで練習している。それにホラ。」 柳生は唇の下の部分を指差す。 「ほくろがないだろう。私は柳生だ。」 赤也は不審そうに写真を眺め、柳生の顔を眺めた。 言われて見れば、目の前の仁王雅治には唇の下のほくろがないし、雰囲気もどことなく硬かった。 赤也は写真を柳生のほうに押し返した。 「それで・・・・・・・俺に何の話ッスカ、こんな写真まで見せて。」 柳生は眼鏡を装着した。赤也の目の前にいるのはいつものお堅い紳士だった。 「君は仁王君を好きだね?」 赤也は答えない。 「まあ。別に答えなくてもいいが。君は彼と性交渉を持ちたいと考えているね?」 「なっ!!!」 赤也は頬を染めた。 「別に答えなくともよい。ここで私が提案したいのは。」 柳生は一呼吸置いた。 「彼の代わりに私とセックスしてみないか?」 切原君はまんざらそうでもなかった。 「アンタにメリットはあるんすか?」 「もちろん、交換条件として彼のことをいやらしい目つきで見るのはやめて欲しい。」 「は?アンタにとって雅治先輩はナンなんですか?俺がどーゆーふーにあの人を見ようと勝手っすよね?」 「だが、とばっちりは私に来る。君がそのような目つきで彼を見ると彼は当然イライラする。イライラすると彼は格下の私にうさばらしする。私はそれがとても神経に障る。」 そんな馬鹿なメリットがあるだろうか?あらかじめ、考えておけばよかったものだが、いい理由も浮かばなかった。 いくら頭の弱い後輩だって、私の明らかにおかしい理由に疑問を持つだろう。 私は何とか言いくるめようと、話を続ける。 「君にとってはただ彼のことをいやらしい目つきで見ないだけで、仁王雅治を抱けるのだ。悪い話ではないと思うが?」 「でもそれはアンタで本物の雅治先輩じゃない。」 「欲求不満を解消するという点では申し分のないものだと思うが。」 「アンたは俺に抱かれたいのか?」 「そんなわけないだろう。私ははっきり言って君のような生意気な後輩に好意は持たない。」 「じゃあ、抱かれるのは嫌じゃないの?」 「体と心は別物です、君に貸すのは体だけだ。」 心はずいぶんと前に仁王君のものになってしまった。もっとも仁王君のほうでは、そんなもの所有している気持ちなんて毛頭ないだろうが。だけど心だけは、仁王君のもの、という表現がやはり一番正しい。 体だけ残っていたってしょうがないではないですよね? 持て余しているこの体で、仁王君の心も体も守れるのだったら、それは私の本望です。 「明日の部活終了後、体育倉庫で待っている。」 君は必ず来る。 「その気になったらきてみるといい、しかし、明日来なければこの話はなかったことだ。」 案の定、切原君はのこのことやってきた。 「俺は雅治先輩のこと諦めたわけじゃないっすから。」 自棄気味に彼は言い捨てて、乱暴に私を抱いた。 行為中に私が仁王君の名前を呼んだ事で、切原君が私の気持ちに気づいただろう。だか、切原君は何も言わずに帰っていった。 それから切原君と私の関係は始まる。 好き 大好き 愛してる そんな言葉は私には言えません。 ただ貴方を守ることで精一杯。 貴方を守るためなら自分の心も体もいりません。 そして、私はそれがすべて嘘であると心の隅ではわかっている。 私自身の心に欺いている。 私の本性は、ただ、私からアナタが奪われるのも耐えられない。 貴方の心が体が、誰かのものになることが耐えられない、 私は紳士だが、私の欲望のためならば詐欺師にだってなれます。 私は紳士だが、私の仮面なのです。 私は貴方を、だましている。 そして、私を騙している。 いっこまえ。@つぎにすすむ。
2004.06.21
[モドリ] |