「宍戸さーん!!」 「どわっ!!!」 大型犬に後ろから飛び掛られた。 「今、帰るとこッスか?」 「そうだけど、お前は?」 「俺も帰るとこです、一緒に帰りません?」 「そうだな、」 たまに俺たちは一緒に帰る。 特権階級 「部活はどうしたんだよ。」 「やだなー宍戸さん。引退ボケッスか?今日は水曜日でオフですよ。」 長太郎は俺の横でニコニコ笑った。 「たまには練習見に来てくださいよ。日吉なんか部長職になれなくてヒーヒー言ってますよ。樺地は相変わらず寡黙ですし。」 「そのうちな、今度の進路テストが終わった頃ぐらいになったら行ってやる。」 「じゃあ、そのときには気合入れて練習しないと・・・」 「ばーか、いつも気合入れとくんだよ!」 俺は後ろに回って抱きつくように首を絞めた。 「ちょ・・・・っ!!ギブギブ!!」 長太郎は慌てて俺の腕を叩いた。 バカな犬だよ、ほんと、こいつは。 「そいえば、この前宍戸さんが見たいって言ってたDVD借りてきたんすけど、今から俺んち来ませんか?」 「そうだな・・」 俺はちょっと考えるふりをする。もうすぐテストだし、受験生だし、勉強しなくちゃいけないんだけど俺の答えはこいつと一緒に帰ったときから、もう決まっているようなもんだ。 「行ってやってもいいかな。」 長太郎の家は豪邸だ。 跡部ンちほどではないけど、俺の家なんかより2倍も3倍もあって、自動車が3台もある。1台は父親ので、1台は母親ので、あとの1台は姉のだといっていた。長太郎の部屋も俺の部屋の2倍も3倍もあって、中学生の部屋だって言うのにソファやらテーブルやらテレビやらピアノやらが置いてある。言い忘れたけど長太郎の家にはピアノが2台あって、もう1台はピアノ専用の部屋にでーんと置かれているグランドピアノだ。 「なんか飲みます?」 「いや、別にのどかわいてねーし、欲しくなったら言うから。」 「そうッスか。」 俺はソファの真ん中に陣取って長太郎がDVDをセットするのを待つ。 長太郎は制服のままだ、着替えればいいのにな。自分ちなんだから。そんなに急いでるわけじゃねーんだし。 「よっこいしょっと。」 テレビ画面では、はじめのイントロ(?)のようなものが流れ始めた。 「字幕でも日本語でも好きなほうで、俺ちょっと着替えてきます。」 長太郎が投げたリモコンをキャッチした。俺はそのリモコンをテレビのほうに向けたが「メニュー」と「戻る」を繰り返して、本編をはじめようとはしない。 「あれ、まだ始まらないんですか?」 「あ、お前が来るまで待ってようと思って。」 別に待ってなくてもいいのに、俺はいつでも見れるんですから。長太郎は苦笑して俺の隣、俺と30センチぐらい保ってソファに座った。 いつものストライプのパーカーとジャージ。こいつの普段着って趣味悪いんだよな。 俺は本編をスタートした。 真剣に見ている横顔は、結構腰に来る、と俺は思った。 長太郎は、ずっと前を凝視したまま、たまにモゴモゴ口を動かして(これは無意識上でのこいつの癖)画面に見入っている。 画面ではヒロインの女がその女友達に向かって何かしゃべっていた。もちろん日本語でだ、長太郎は英語がからきしだから、わざわざ日本語にしてやった。 ふと、目に付く俺と長太郎の距離。 ソファに空いた30センチが気に食わない。 俺と長太郎の間の30センチ。 俺は30センチを飛び越え、思いっきり長太郎に飛び掛った。 「うわっ!!何すんですか〜見えませんよ!!」 長太郎は俺の下でバタバタと暴れて、起き上がった。タッパだけはあるから、俺なんかが乗っかっててもどうってことないんだろう。 「ちゃんと座ってみててください。これ見たいって言ったの宍戸さんでしょ?」 長太郎に蹴飛ばされ、俺は元の位置に戻った。 「いつでも見れるっつったのどこのどいつだったかな?」 「今、面白くなってきたとこなんすから!」 長太郎は俺を軽くあしらって、また意識をテレビ画面のほうへ飛ばす。 俺はまた飛び掛った。 「宍戸さん・・・・!!ちょっと!!ギブっす!!」 長太郎はバタバタと暴れる。俺はしょうがなく手を離してやった、と思ったら、 「もう怒ったですよ・・・」 「ちょ・・・や・・・やめろ!!!」 長太郎が飛び掛ってくる。狙いは・・・・・・・・わき腹か?! 「やめっ!!やめろって!!!!くすぐったい!!!くすぐったいっ!!!」 「まだまだ!!」 「ホント・・・頼むって!!!やめろ・・・・くすぐったい!!」 「宍戸さんが悪い。」 「先輩命令だ!!すぐ・・・・やめろって・・・・・ん・・」 「もうジャマしませんか?」 「・・・・・・ん・・・・しないからっ・・・・やめっ・・・・・」 「しょうがないですね。」 俺はぶんぶんと頭を振って頭の熱を取った。 気がつけば長太郎の手は俺のわき腹からリモコンに移動して巻き戻しをしていた。 俺は起き上がり、長太郎の横に座りなおした。 長太郎は巻き戻しする手を緩めずに、俺のほうを向いてニヤッと笑った。 「ホント、わき腹弱いっすね?」 「う・うるせーな!!文句あっか?俺は敏感肌なんだよ!!」 くすくす笑うのがムカつく。 「そんなんじゃ、やる時、相手の女より喘いじゃうんじゃないですか?」 「そんなわけねーだろ!!」 俺はボカッと長太郎の頭を殴る。 「いったぁい、暴力はんたーい!」 長太郎は泣きまねして言った。それから、ふと、俺の顔を覗き込んで・・・またニヤッと笑う。 「顔真っ赤っすよ、ホント、かわいいなぁ、宍戸さんは。」 ・・・・・・・・・・・//////。 「・・誰のせいで・・」 「あ!始まりますから、邪魔しないでくださいよ!」 俺が半分振り上げた拳はむなしく空を切った。 長太郎は、また前を凝視して。 「・・・お前のケータイ?」 「はい?」 どこからかケータイの着メロの音が聞こえてくる。 俺のケータイはポケットに入ってるから、この音はたぶん長太郎の。 「・・・俺のです!」 長太郎はパッと立ち上がって机のほうに駆け寄って、ケータイを取り出し、あわただしく廊下に出て行った。 ・・・・・・・電話の相手、俺にはわかる。専用の着メロがなっていた。 俺はテレビの画面を凝視した。 忍足が喜びそうだぜ。画面では女と男の愛の語らい?が行われていた。 「すみません!!あの・・今から予定入っちゃって・・・・」 長太郎は戻ってくるとぺこぺこと頭を下げた。 「あの・・・それ終わるまで見てていいっすから・・・えーっと・・・今日、親も姉貴もいないんで、家でてく時は鍵、植木鉢のしたにおいといてください。」 長太郎はソファの上に鈴のついた鍵を置いた。 「なんなら・・それもって帰ってもいいっスから・・・・」 「俺んちDVD見れない。」 「あ・・・・」 長太郎はしまったと顔を崩した。 「そのうち帰るな。」 「あ・・・はい!のど渇いたら、下に牛乳でも麦茶でもありますから。」 「わかってる。」 長太郎は俺の返事を聞くとも聞かず、慌てて準備を始めた。 「その格好で行くのか?」 「え・・あ・・・まぁ。」 俺は立ち上がった。 「クローゼット漁るぜ?」 「ああ・・・・すみません。」 自分でもその格好がださいって認識していたんだな。俺は立ち上がった。 長太郎はいい服をたくさん持っている、まぁ、金持ちだからな。 でもコーディネートはからきしだ。 せっかくの服もこれじゃ泣くだろうし、きて行く長太郎も変な目で見られて少し可愛そうだ。 適当に漁りながら、俺は長太郎の姿を頭の中で想像し今日の組み合わせを選びだした。 「ホラよ。」 「・・いつもすみません・・・」 「気にするなって。」 長太郎は慌てて着替える。 俺はそれを手伝ってやる。 「っホンット・・・すみません・・・」 「いいから早く着替えろ。」 俺は長太郎をせかす。 「では、もしかしたら宍戸さんが帰る前に帰ってくるかもしれないっす。」 「そうか。」 長太郎はポケットにケータイと財布を押し込んでドアノブに手をかけた。 「まてっ!!!」 「え!!」 長太郎は立ち止まった。 俺はドアに向かっている背中の、肩を掴んで背伸びをした。 そして、口を長太郎の首に押し当てる。 「ちょっ!!宍戸さん!!!」 しばらくして首から唇を離した。 「いじめられて来い。」 「ちょ・・・嘘っすよね・・・?」 俺は鏡で首の辺りを見せてやった。 そこには綺麗に残った赤いキスマークが映る。 「・・・・・・・・・どーしてくれるんですか・・・・!」 「俺の用事をすっぽかした罰。」 「・・・・・どーしよ・・・また、どやされる・・・」 ばーか、ふられてこいよ、いっそのこと。 「・・そういえば、前の彼女もこれで振られたんだった・・・・・・・」 その女は馬鹿だな。こんなにいい男をそれぐらいのことで振って。 確かに浮気したら許せないないけど、そんなことで別れるってどういう神経してるんだろうな? せっかく付き合うことができるっていうのに。 「とりあえず、早く行けよ、遅刻するとよけーに大変じゃねーの。」 「えっ?ああ!!!!もうっこんな時間!!」 長太郎は首元を押さえながら慌てて出て行った。 ホント、バカ犬だ。 わざわざ、首もとの空いた服にしてやって正解だ。 俺はソファに腰を降ろしてリモコンをてにとった。 画面では、ヒロインとその友達の女が女同士で濃密なキスを交わしていた。 俺は停止ボタンを押した。 同性だから許されないこともあるが、同性だから許されることもある。 俺がもし女だったら、公衆の面前で堂々と体当たりかますこともできないし、抱きつくこともできないし、ふざけた振りしてキスマーク残すことなんて到底できない。そんなことでもしたら、彼女もちの男は血相変えて、それを避けるだろうし、周りの奴らからは男ったらしという烙印を押される。 俺が男だから抱きついても、飛びついても、二人で一緒に帰っても、家に行き来しても、家に泊まっても許される。 同性の俺のことなんか、長太郎は気にもとめない。 まさか、仲のいい先輩からそんな対象で見られているなんて思いもしていないだろう。 俺が抱きついたって、なにしたって長太郎から見ればただの後輩虐めなのだ。 俺は長太郎のベッドに移動した。 飛び込むとバフッと音がした。ふかふかの布団だ。 それから脇をめくってわき腹を自分の手でなで上げた。 「・・・・あっ・・・・」 思わず声がでた。布団は日に干されたのか、暖かいにおいと長太郎の匂いが混ざり合って。俺はさっきくすぐられたときの長太郎の手を思い出して自分の手を動かした。 ・・その前に。俺はティッシュの箱を枕元に移動させた。 「あれ・・・・・って。宍戸さん!!!!なにやってるんすか!!!!」 「・・・・・・・・・ん・・・・・・」 あれ・・・・俺どうしたんだっけ?なんか眠たいなぁ。 「宍戸さん!!!おきてくださいよ!!!」 ・・・・・っルセーな・・・俺は眠たいの! 「宍戸さんてばぁ!!」 狭い視界に長太郎の顔が広がった。 おきなくちゃ駄目なのか? 「・・・・・・おはようのキスしてくれたらおきるぅ・・・・・・・・」 あ・・・・・・・眠たい。オヤスミ・・・・・・・・ 「なに寝ぼけたこといってるんすか・・・!!・・・・は・やっくおきてください!!!」 「・・・・・・・・・・・・・なんだよー・・・・」 「なんだよーじゃないっすよ・・・・・・人ンちで何してんすか・・・・・・」 ・・・・・・俺?何してたんだっけ? 俺は目をこすった。目の前には長太郎の呆れ顔。 かっこいいなぁ・・・・困った顔してても、すっごくかっこいい。 キスしてー・・・・・・・してもいいかなぁ? ってか、今すぐ、犯・され・た・い。 「ちょーたろー・・・・・・」 手を思いっきり伸ばした。目の前にいるお前を捕らえようと。 「しょーがないっすね・・・・・・」 「うわっ!!」 俺の上半身は腕からグイッと引っ張られ起き上がった。 瞬間、俺はようやく寝ぼけから解消され始め、周りで何が起こっているのかわかってきた。 俺の伸ばした手は長太郎を捕らえることなく、それは起こしてくれという意味に誤解されたらしい。 「これどーしてくれるんすか?」 長太郎の額には青筋が浮かんでいた。 俺は辺りを見回した。そこには丸められたティッシュが散乱していて、俺は長太郎のベッドで半裸のまま熟睡していたらしい。 「・・・・・・・・・・////」 慌ててズボンを引き上げて、ティッシュをゴミ箱に放り込んだ。 「宍戸さんのせいですよ・・・」 「・・・・・・振られたか?」 もちろん、という風に長太郎は首を縦にブンブンと振った。首もとのクロスがさらさらと揺れる。 それと一緒に俺がつけた赤い跡が上下に揺れた。 「どうせ、すぐに新しい女みつけんだろ?」 「まぁ・・・・そうっすけど・・・・・・」 長太郎は女の出入りが激しい。そして、長太郎は決して人を振らない。浮気もしない。今まで付き合ってきた女で長太郎に振られた奴は一人だっていない。 ようするに女どもが長太郎を捨てていくんだ。 浮気してる、とか、私より好きな人がいるの?とか、言って。 まったく馬鹿な女どもだ、せっかく付き合ってるっていうのに。 俺はその女たちが長太郎に求めているものも、長太郎がその女たちに求めているものもよくわからない。そこに愛はあるのだろうか?いや、ない。少なくとも俺は「ない」と思っていたい。勝手に寄ってきた女たちが勝手に去っていくのだ。 「じゃあ、帰るわ。」 「あ、ハイ。電車まだありますか?」 「まだ終電の時間じゃねーだろ。」 俺は立ち上がって、ソファの横に置いた自分の荷物を手に取った。 DVDはいつ見られるかわからないままレンタルショップの袋に戻された。 俺は長太郎に、いい女見つかったら紹介する、と言って長太郎の家を出た。 長太郎が振られると俺はいつもこのセリフを吐く。もちろん、そんな約束一度も守ったことは無いが。 今頃、長太郎は振られた女のプリクラでも見ながら布団の中でぐずっているだろうか?それとも早々に次の女は誰がいいか目星をつけているのだろうか、はたまた俺のことなんか考えちゃってはくれねーのかなぁ。 一番、限りなく確率が低いのは、最後のやつだな。 俺は長太郎の守備範囲には属していない。 裏通りの公園を通り抜けると、何組かのそれらしい奴らが、ベンチに座ってそれらしいことをしていた。その脇のベンチではホームレスが新聞紙を体に覆い被せ横になっている。公園の街頭はどちらのベンチにも同等の光を注いで、新聞紙は薄い黄色に、恋人たちは白々しい色に照らされて、それぞれがそれぞれの空間を作り上げている。 俺は長太郎のことを考えた。 それから長太郎とその女たちのことを考えた。 そして長太郎とその女たちとホームレスのことを考えた。 次の彼女はいつできるんだろうか、そのとき俺はどうするのだろうか。 たぶん俺は変わらず、今のままの位置で今のまま多少の嫉妬と優越感に浸りながら長太郎を横目に観察しているだろう。それはそれでしょうがねーんだ。 俺は今の状態でもう満足してしまった。 嫉妬と優越感は均衡を保ってしまったし、俺は『俺』という特権階級をいかして長太郎の横にいつまでも居座っているだろう。
2004.04.09
[モドリ] |